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磁針 -コラム-

”磁針”は日刊紙”羅府新報”に掲載されるコラムです。

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[77] マンザナー巡礼  2011/03/22 15:40:01
掲載日:05/06/2000  E-Mail  Home
 第二次世界大戦中、敵性日系人を隔離しようと10カ所に分散強制収容された日系人の数は約11万人。その一つ、マンザナーは強制収容所を象徴する場所として保存され、国立公園に指定されています。

 慰霊祭が行われた4月29日、夏を思わせる日差しの下、マンザナーを見下ろす山々にはまだ白く雪が残っていました。風が強く、時折砂塵を巻き上げてゆきます。一度は来てみたかったマンザナー、多くの人々に語り継がれ、書物で目にしてきた場所です。ハイウエー395号線を外れ、入り口の検問所らしき小屋を通り過ぎ、矢印に導かれて幾曲がりかすると慰霊祭の行われる広場に出ました。

 広場の隅にはバス6台が駐車し、4百人くらいの人達が集まっていました。中学生から大学生まで、意外と若い人達、それも白人の多いのに驚きました。トラックの荷台にしつらえられた舞台の上でセレモニーが始まり幾人かの体験談が語られました。セレモニーが終わると慰霊祭。神道の金光教、キリスト教、各派の仏教が一堂に集まっての合同慰霊祭です。

 55年目を過ぎた今では悲しみよりも思い出、若い学童や学生にとってはアメリカの歴史の一面を学ぶ場としての役割に変わりつつあるようです。マンザナーを日系人の戦中体験の場として、アメリカの誤った政治判断の場として、また、人種間融合の場として語り続けてゆくには、慰霊祭が楽しみも伴った集まりでなければ人々を引き付けないでしょう。

 今年の慰霊祭には4人のボーカリストが「すしブギウギ」というゆかいな歌を披露しました。最後は恒例の盆踊り、炭坑節の他におどけたテンポの良い若者向けの踊りが用意され、そのような変化を感じました。駐車場への帰り道、若い白人の女性が盆踊りの手振りを覚えようと手振りを繰り返していたのが印象的でした。
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