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磁針 -コラム-

”磁針”は日刊紙”羅府新報”に掲載されるコラムです。

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[26] 日本を変えた聖徳太子  2011/03/22 15:02:21
掲載日:02/11/1997  E-Mail  Home
 日本人はどうも宗教について一般的にあまり厳格ではないようだ。神棚に御神酒を供え、榊と注連縄を飾り、柏手を打って拝むかと思えば、お盆や命日には仏壇に灯明を灯しお線香を上げて仏様を拝む。クリスマスにはツリーを飾りケーキを買って一家で楽しみ結婚式は教会で行う。外国人から見ると一体どの宗教を信じているのかさっぱりわからない。評論家、堺屋太一はその著書「日本人を創った十二人」の中で、この日本人の国民性を創ったのは聖徳太子であると説く。

 聖徳太子は熱心な仏教信者であった。当時、異なった宗教が入ってくるということは、単なる宗教の概念のみならず、それに付随する様々な技術や知識(絵画、彫刻、建築、器物、それらを作るための道具、人を動かす組織など)が共に入ってくることを意味した。今の世の中で外国の文物が入ってくるインパクトとは比べようもなく、これらの珍しい文物はすべてが斬新で目くるめくような光彩に包まれていたことだろう。新しい宗教やそれに伴う文物が入ってくると従来の秩序によって勢力を保持していたグループと新興勢力のグループの間に争いが起きる。

 聖徳太子はこの激動の時代を仏教信者として過ごしながら政治的には非常にうまく立ち回った。社会が神権政治からこうした新しい知識や技術を受け入れて財物を量産する時代へ変わろうとする時代的背景もあったに違いない。万世一系の天皇制は、振動神話に基づいている。天皇が仏教を信じ仏を信じることは、自ら天皇制を否定することになってしまう。

 神と仏の間に立って悩んだ太子は「神・仏・儒の習合思想」という奇抜な方法を考え出した。仏教を信じてもなにも神を捨てることはない、日本の神様も従来同様大いに崇めるべしとして「敬神の詔」を出したのである。聖徳太子の習合思想は宗教面から見ればとんでもない墜落である。

 ところがこの結果、異教を受け入れ、それに付随する知識や文物を取り入れても、自分達の神や仏を捨てなくてもよいのであるから堺屋太一のいう「ええとこどり」が出来るようになった。外国の技術や知識、文物の都合の良いところだけを良心の呵責なしに取り入れ、自分流に変えてしまうノウハウを身につけてしまったのだ。日本の現在の発展も案外ここに起因するかもしれない。
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