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磁針 -コラム-

”磁針”は日刊紙”羅府新報”に掲載されるコラムです。

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[24] 32年前の卒業論文  2011/03/22 15:01:05
掲載日:12/24/1996  E-Mail  Home
 この秋帰国した時、32年前の卒業論文が届けられた。ゼミナールの担当教授が定年退職されるのを機にお返しいただいたものだ。当時教授は若く、教授というより先生という方がぴったりで、兄貴のような親しみがあった。

 卒論は400字詰め原稿用紙に171枚。先生の肝いりで立派に装丁され、手頃な本のスタイルとなっている。手に持つとずっしりと重く、青春の思い出そのものだ。書き始めた時は経営学界に新風を送る意気込みが、最後は締め切りに追われ3日間ぶっ通しで書いた。パラパラとめくってみるとせっぱ詰まって姉や妹を動員した痕跡が残っている。

 先生が若く、情熱に燃えていたから授業は活発だった。正規には午後二時から始まる80分授業だが、我々の授業は大抵夜の8時くらいまで続いた。一度先生がしゃべりはじめると1時間くらいは終わらないので「先生にしゃべらせるな」が合い言葉で学生同士活発に議論しあった。

 授業が終わると先生はよく我々を引き連れて屋台に連れて行った。といっても先生はまだ講師から助教授になるかならないかの時期で安月給だったに違いない。誰かが「おい、先生のところに米が無くなったらしいぞ」というと、それは一大事とみんななけなしのお金を出し合って米を買って贈った。 

 夏には決まって合宿があった。先生は大学でホッケー部のキャプテンだったから合宿は運動部の合宿の様相を帯びてくる。打ち上げの夜はみんなで酒を飲み、先生自ら先頭に立って町に繰り出す。一同肩を組み、警察署の前で「我々は〜大学の〜ゼミであーる。これから貴警察署にストームをかけーる」と先ず先生が名乗りを上げる。続いて路上でわっしょいわっしょいと気勢を上げ校歌を高らかに歌う。地方の大学だったからだろうが、それにしても先生は学生に全力で臨んでいた。

 卒業の年、奥様がお産で実家へ帰り、先生の自宅は学生の溜まり場となった。いつも4〜5人の学生が集まり「先生、今夜はカレーですよ」などと勝手に飯を炊いている。毎晩12時過ぎまで話に花が咲くのだが、少しでも下品な話をするとこっぴどく怒鳴られたものだ。落してもせいぜい野球の話だったのだから堅物の先生だった。

 今ではこんな先生は居なくなってしまったことだろう。先生、貴重な青春の思い出を本当にありがとうございました。
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