NCD Keynote Speech原稿

 

ただいまご紹介を受けたNCD Committee Memberの若尾龍彦です。

 

私がアメリカへ来たのは1981年4月19日でした。早いものでもう26年になります。

ちょうど日本の対米輸出が絶好調のときで、アメリカの貿易赤字が政治問題化し、日米間には激しい貿易摩擦が火花を散らしていました。 当時は、ベトナム戦争の後遺症がまだ癒えず、国民の誇りは傷つき国全体の自信が揺らいでいました。レーガン大統領が強いアメリカを取り戻そうと頑張っている最中で、インフレが世界中に吹き荒れ、アメリカでは、住宅ローンが16−17%、クレジットカードや自動車ローンは21%という高金利でした。

そのような状況下で、日本の企業が自動車会社を先頭に次々とアメリカに進出し、終身雇用制、長期的利潤、QC(品質管理)、看板方式などを軸とする日本の経営手法が評価され、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本がベストセラーとなりました。

 

その後、80年代後半に入ると日本資本による対米投資に拍車がかかり、ロスアンゼルスのアルコ・タワー、ニューヨークのロックフェラー・センター、北カリフォルニアのペブルビーチなどが次々と日本の企業に買収されアメリカ人の自尊心は大いに傷つけられました。

そして財政赤字と貿易赤字の双子の赤字にあえぐアメリカは危機感に包まれ、次々と輸入規制に動きました。スーパー301条が発動されて鉄鋼や自動車にとてつもない関税がかけられたり、対共産圏軍需品輸出禁止で東芝関連企業が叩かれたりしました。失業率は高く、デトロイトでは1ドル払って日本車をハンマーで叩き壊す人々の姿がテレビで放映されたりしていました。

 

私はその自動車業界に駐在員として赴任し、好調な輸出からバブル経済となる10年間を過ごしました。毎日仕事に明け暮れ、本社や、工場のある日本や台湾、中国、メキシコとの通信に時間が取られ、週末はゴルフやお付き合いでその身はこの地に居ながら、ロスアンゼルスにおける日系社会は外から漠然と眺めるだけで他人事のように思っていました。

 

私が南加日系商工会議所に入会したのは会社を辞めて独立し、4年経った1995年でした。やがて次第に南加日商の活動に深くかかわるようになり、今まで知らなかった様々な日系諸団体と付き合うことで、日系人と駐在員をはじめとする日本からの長期滞在者は、考え方や行動に大きな違いがあることに気付きました。これは日系人と駐在員というよりも、アメリカと日本との社会システムの相違であります。

 

日本もアメリカも民主主義という社会体制をとっています。

しかし日本では、国民は税金さえ納めていればあとはすべて政府がやってくれると思っています。

 

それに比較してアメリカは、コミュニティ(地域社会)を重要視するお国柄です。 自分達の住むコミュニティを住み易くするためには、一人一人が、ボランティアとして参加し、汗を流したり、お金を寄付したりして、地域社会を良くしようとして努力します。 また、地域行政は、その様なコミュニティ活動に支えられてもいるし、住民参加の活発なコミュニティは、公共サービスも充実しています。 連邦・州政府レベルの行政についても同様です。 自分達のコミュニティを住みやすくするためには、お金の出せる人は寄付をし、時間がある人はボランティアに汗を流す、文句もいうが「コミュニティをよりよくするためにいま自分は何ができるのか?」ということを第1に考え、できることから一歩を踏み出します。もちろんすべての人がそうではありませんが、そのような人が尊敬される社会的な土壌があり、課税控除やコミュニティからの表彰などRecognitionの機会も多くあります。 

 

 私は日系社会に深く関わるようになってから、普段は質素な生活をしている人達が事あるたびに自分のポケットから$100、$200、時には$1000と寄付をしたり、ボランティアに励むのを見てきました。

 一方、自分が駐在員だったときのことを考えると、いろいろなイベントでスポンサーシップや寄付を依頼されたとき、会社の予算からどのように支出できるかを考えることはあっても、自分のポケットから多額の寄付をするということは考えませんでした。そのくせゴルフクラブや旅行に使うお金はあったのです。これは私に限らず大方の駐在員の方たちの思考パターンではないでしょうか? その人がいいとか悪いとかでなく、日本ではそのような社会システムや風潮がないのです。

 

 やがてアメリカ生活に慣れてくると、「社会は自分達が一歩を動くことで変えてゆけるのだ」と思えるようになりました。 特に1993年の暮れから始めた「在外投票制度実現の運動」はいろいろな紆余曲折はありましたが、12年余りを費やした末に最高裁で完全勝訴を勝ち取り、「思いは人を動かし世の中を変えてゆける」ということを実感しました。

 

私たち南カリフォルニアの日系社会は、明治維新から始まり第2次大戦までの移民に、新一世といわれる戦後移民、駐在員や学生、長期滞留者などのニュー・カマーズが加わって構成されています。 よく観察して見れば、英語中心コミュニティと日本語中心コミュニティに大別されるとも言えます。 残念ながら、この双方のコミュニティを構成する人達は、お互いに、育った環境、社会的な背景、受けてきた教育に根ざした考え方や生活様式の相違もあり、交流をする機会は少ないのが実態です。

そしてその交流の少なさが日系社会のプレゼンスが発揮できない一因ともなっています。 しかし、私達はお互いに日本人の血を引き継いでいることで共通の接点を持っています。

 

 昨年10月にロスアンゼルスのビヤライゴーサ市長は日本・韓国・中国を訪問しました。日本ではロスアンゼルスへの観光を呼びかけたり芸能人のイベントに顔を出したりくらいで報道で見る限りあまりインパクトのあるメッセージは発信しなかったように思います。 ところが韓国では、海外投資のうちから3億ドルを掛けてコリアンタウンの再開発を行うという計画を発表しました。 民主主義の制度では、声の大きなコミュニティにより充実したパブリックサービスが提供されます。 この事例も韓国コミュニティの人口増加や活発な活動によるものとして理解されます。

 

 ご存知のように、近年、アジア各国を背景とする諸コミュニティは、住民の数も増え、非常に活性化しています。 一方、日系コミュニティは、人口の伸び悩みや居住地域の分散化などにより相対的に、そのプレゼンスを失墜させていると言えます。 その様な状況を打破する為にも、私達は、コミュニティとして一丸となる必要性があります。 日系は今までの先輩の方々の努力により、各方面に様々なネットワークを築いています。人口はどうにもなりませんが、我々が一体となりこれらのネットワークを活かしてゆくことで大いにプレゼンスを上げられるのではないでしょうか?  

 

 本日のNikkei Community Dayは、その方向への第一歩として行われるもので、Japanese Speaking CommunityEnglish Speaking Communityとが、日系社会の将来を担う子供達や青少年層を主対象とする「子供ために」という共通のテーマの下に各種イベントに参加し、お互いの交流を図ることに意義があります。

すべての交流は出会いから・・・です。 本日の皆様の出会いをきっかけにお互いのコミュニティがますます緊密な交流を図れるようになることを心から願うものであります。

 

 ご清聴をありがとうございました。